恐竜の前足と鳥類の翼の「指」は同じ 150年続く指論争に終止符を打つ発生研究

2.最後のピースをはめることができた理由

―そもそも、鳥類恐竜起源説を巡って唯一残されていた矛盾を、なぜ今のタイミングで、なぜ田村先生らのグループで解決できたのですか?

 他分野の発生学の先生方からも「まだこんなこともわかっていなかったのですか」とよく聞かれました。それに自分たちももし20年前に気づいていれば20年前にできたことかもしれません。色々な要因があると思います。まず一つは、僕がこれまで15年以上ずっと指のことを考える中で、約4年前にある人の研究データをいくつか見直していた時のこと。「こう考えてみたら、あのパラドクスが解けるかも」とふと気づき、自分で実験を進めていく間に「やっぱりそうだ」と発想したことがきっかけでした。しかし、それだけではこのような結果にはつながらなかったと思います。

 実は今回の論文では、私ともう一人、大学院生の野村が筆頭著者になっています。野村は、僕とは全く別の思い入れから別の研究として実験を行っていま した。しかしある時、僕の実験では明らかに「第1−2−3指」を示すデータが出ていたのですが、野村が「いや、先生は間違っている。それ は第2−3−4指だ」と言い出したのです。なぜかと言うと、彼が別に進めていた実験で見ているものと僕が見ているものが違うレンジ(範 囲)だったために、時間的にも空間的にも違う見方をしていたのでした。あれ?!おかしいな、僕たちの中ですでに矛盾しているぞ。そこで今 回の論文の著者となる5人が中心となって、どうすればこの矛盾が解けるのか議論を始めました。

 まず僕や野村の実験自体に間違いがあれば話にならないので、皆で徹底的に議論して叩きました。けれども叩けど叩けど皆正しかった。では両者が正しいとすれば、この矛盾を説明できる"からくり"があるはずだ。それを解くことができれば、すべてが見えてくるのではないだろうか。そしてある時、「こんな実験をすれば良いのでは?」と僕が野村に持ちかけた時、彼が手にしていたのが僕と同じ実験プランだったのです。要するに、蓋を開けてみたら、二人とも同じことを考えていたのですね。そして「これがうまく行けば、全部説明がつくぞ」となり、最後の実験を野村がやってくれました。その結果、すべてのピースがつながってしまったのです。

―矛盾を説明できる"からくり"を、どのように考えたのですか?


図2.田村教授が示した概念図

 非常に単純な図で書きますが、概念的に言うと5つの丸があります。両端の2つは使われないので、真中の3つが指になるのですが、指の番号を決める時、このように"ずれ"てしまうのです(図2)。そして結局、第1−2−3指となる。野村が見ていたのがここ(右図で"野村"部分)で、僕が見ていたのがここ(右図で"田村"部分)でした。そして僕ら両者が考えた実験とは、ここ(右図で"ずれ"部分)がずれているはずだ、という実験です。つまり、指の数が少ないために、その指ができる時までにどの細胞を使うかという位置が"ずれ"てしまう。よって、第2−3−4指に見えていたものは、実は第1−2−3指である、となったのです。(詳しい研究内容は_プレスリ リースをご覧ください)。

 今回非常に心強かったのは、常に自分一人よがりではなく、非常に客観的に現象を見渡せていたことです。どうしても研究は自分一人で進めていると、自分がやっていることは正しいと思い込みがちです。それをまわりの三人がより客観的に議論を進めてくれました。最初の質問に戻りますが、今回の研究成果がなぜ生まれたかと言えば、4年前の僕の発想をきっかけに、いくつかの良い偶然が重なっています。けれども一番はやはり、それぞれの学生が自分で考え自分の思う研究をやっていたことが、この偶然を生んだのだと思います。